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ホテルに着くと、エントランスには仮装をしたヒトビトで溢れかえっている。角の頭をしたヒトは可愛いリボンをまとい、小さな角をもつ子らと戯れていた。大柄の屈強な紫の肌を晒したヒトは赤い光沢のある衣装を腰に巻き、子供達に細長い風船で犬の形を造形させ、それをプレゼントしていた。親子連れもソファーに寛ぎ、満喫している様子が見える。
ふたりはフロントに部屋の空き状態を確認すると、モニターには空いている部屋の一覧と各部屋の内装が映し出された。すると、一つだけ他の部屋と明らかに様子が違う内装が、ふたりの目に止まった。壁紙の色と馴染む白い大きな南瓜の形をしたものが壁に貼り付けられている。他の写真を見比べると、南瓜は橙色にうっすら光るらしい。派手な特別内装になっている。概要を読むと、本日限定のパーティー仕様のようだ。
「オバケカボチャのランプが可愛い…」
ユキはボソッと呟く。
「じゃあ、この部屋にしましょうか」
「いいの?」
「せっかくなので楽しそうな部屋でゆっくりしましょう」
リシュは目を細めてユキの肩をぽんぽん叩きながら言った。
部屋を決めた理由は南瓜のランプを見ている時の彼女の表情が、幼い時のキラキラとさせた目が同じだったから。彼女は生き物の思考を読むことができるが、六感が鈍ることを恐れ、その能力を使うことを止めている。だから昔を一瞬思い出したことは、内緒にしておこうと思った。
ホテルの鍵である一枚のカードを受け取ると、黒服のスーツを着た、赤い鱗がびっしりと顔に詰まったトカゲのようなヒトに丁寧に案内される。部屋の仕様や、アメニティなどの話をされながら、フロントの真後ろに設置されたエレベーターに乗る。
27階まで登り、三人共エレベーターから降りると、廊下は先ほどまでの雑踏が嘘のような静寂に包まれていた。
左角の部屋まで案内されると、赤いヒトは低く通るハスキー声で「ごゆっくりと」と言い、去っていく。
リシュがドアノブの脇からカードキーを差し込むと、解錠された音が聞こえた。キーを引き抜き重厚な黒い扉を開けると部屋は薄暗く、まるで部屋のどこからかオバケでも出てきて、プライベートショーが始まるのではないかと思わせる様な空気が漂っている。パーティー仕様は伊達ではない。
玄関口には靴を脱げる場所があったので、鈍(にび)色のスリッパに履き替える。
入って直ぐに壁側にある、リモコンを手に取ると、部屋全体の調光を行えるものとなっており、足元に広がる焦茶色のカーペットがはっきりと映る程度に明るくさせた。
部屋は大きく二つの部屋に分かれており、玄関正面から見て一番奥の部屋には白いシーツが敷かれたベッドが顔を覗かせていた。手前の部屋には紺色ソファーがふたつずつ丸いガラステーブルを囲むように置かれ、壁際には銀の光沢のある小さな冷蔵庫が見える。安らぐ部屋と、寛ぐ部屋に分かれている仕様だった。寛ぐ部屋の右奥には、水回りの入り口がガラス越しに見えていた。洗面台と、天井まで続くシルキーホワイトの壁と扉が見える。両部屋とも、壁紙は縦に伸びる植物のツルを感じさせる赤茶色の模様と、象牙色の背景で埋め尽くされていた。
ベッドのある部屋の方へふたりは足を運ぶ。
ふたりで寝るには十分過ぎるほどの大きさのベッドで、布団の上に敷かれたカバーシーツを剥がし腰にかけてみると、沈み過ぎずいい具合に反発する心地良さだった。
ベッドの壁際に備えられたオバケカボチャは白いままだったので、鱗肌のホテリエに言われた通り、カボチャの真ん中に手を置き数秒置いたままにすると、モニターに映し出されたものと同じように暖かい暖色を発した。
その他、部屋を探索し面白半分でオバケカボチャの横の風船の仕掛けに触ってみると、部屋の角に設置されているスピーカーから風船が弾ける様な音が発せられ、ベッドのサイドボードにあるコウモリのような生き物の形をした照明器具に触れると、赤、紫、黄色へとランダムに光ったりと、ユニークだ。ふたりは、白い歯を見せながら楽しそうに笑った。
リシュは窓際の備え付けのクローゼットチェストの扉を開ける。カバンを置いた後にコートを脱ぎ、中のハンガーに掛けると身につけているものを剥ぎ取り、ベッドの上に乗せていった。
「え⁉︎ もう脱いじゃうの?」
「うん。お風呂、一緒に入りましょうよ。汗かいてギトギトです」
リシュはそう言うと既に下も脱いでいた。インナー類はカバンの中にしまい、替えを布団の上に乗せて用意する。
横にいるユキも肩に下げていたカバンを下ろし、クローゼットの中に入れる。ユキも服を脱ぎ始め、簡単に畳みながら彼の服の横に替えの下着と、自分の服を置いていく。
「ギ…ギトギトって。おっさん臭いよ、その表現は」
「おっさんですよ」
ユキの露わになった背中に口付けをすると、ピクっと震わせ、そのまま彼女を抱き寄せながらキスをした。