ダブル罰ゲーム【上】

目次(読みたいところへGO!) 閉じる

 正午前。ほんのり肌寒い晴天の中、オバケや魔法使いになりきった仮装をした子供達で溢れ返る街中を眺め、楽しむふたりがいる。
 ちょこちょこと自ら子供達に囲まれつつ、カバンから包み紙で覆われた小物を手に渡しているのは、オレンジ色の髪の毛と大きな紅い瞳が特徴的な女性だ。頭の形は丸っこく、顔立ちは幼く見える。育ち盛りなラインは女性らしくも、やや華奢な体型だ。白いブラウスにパステルカラー調の薄ピンクと薄紫色のグラデーションがSNS映えしそうな、ニットカーディガンを羽織っている。肩に濃い茶色ベースのショルダーバッグをぶら下げ、足元の茶色のブーツを少しだけ覗かせるほどの丈がある、ベージュ色のバルーンスカートを履いていた。

 その隣にいるのは女性の頭ひとつ分以上の背丈の、長く艶のある黒髪に、堂々たる身体を持ち合わせた男性だ。女性とは違って、顔は面長で、目元や眉間、頬骨に輪郭を感じるほど皺が濃い。ふたりを並べてみてみると、彼女よりも一回り以上の年恰好だ。蒼の瞳を持つ目は、眠たそうにしている猫のように細く、目尻に向かって鋭く尖っている。マットな黒のシャツに薄手のベージュのコートを羽織り、身体の太さに見合う青の伸縮性の良さそうなジーンズを履いていた。背中には灰色のショルダータイプのカバンをぶら下げており、靴は装飾が施された茶色の革靴を履いている。

 今、彼は、彼女の元から離れた子供達に囲まれていた。目と口が見える様に穴が空かれた白い布を被った子、頭に大きな角飾りを施した被り物をしている子、魔女の様な派手なメークをした三人組だ。

 吊り上がった細い目尻を下へ垂らしながら、布を被った子にズボンを引っ張られ、「ねぇねぇ、おじさん、なんかマネっこして! こわいやつやって!」と合わせるように、他の子も「やってー!」とコールが掛かる。咄嗟の無茶振りに両腕を組みながら悩むも、子供達はせがむように更にズボンを引っ張る。

「いいじゃん。やってあげなよ!」

 彼女は、少し離れた場所からあはははっと笑いながら、近寄る。彼の光景を楽しむようにニコニコと微笑んだ。それを観た彼は何か閃いたのか、眉を眉間に寄せ目を輝かせた。

「怖い奴ですね。……よし」

 彼は両手で顔を覆うように隠すと、見る見る内に腕や顔から体毛が伸び生え、獣のような黒い毛皮に覆われた。隠された顔を曝け出すと、長い鼻口部を持つ狼の様に変わっている。爪は子供のひとり分の頭を貫けるほど長く伸び、赤黒い血の塊のようなドスの効いた色合いだった。爪を研ぐ様に両手の指を数回、擦り合わせ、「どうだ! キサマらの肉を裂き、脳みそまで喰ってやる!」と、牙を見せつけるかのように大きく口を開け、叫んだ。

 子供二人は血の気が引いたかの様に青ざめてしまい、布を被った子は後ろに一歩下がると、「うわー! ほんものだー! たすけてー!」と、他の子を置いてそのまま立ち去ってしまった。残った子供達はその場で口を開けたまま足をガタガタと震わせ、小便を漏らしてしまっていた。

「あ」
 咄嗟に男は声を出す。

「こら! リシュ! やりすぎ!」

 リシュと呼ばれた男は、彼女に叱られる直前に元の姿に戻っていた。即座に、
「ごめんなさい」と言い、子供達へ頭を下げると背負っていたカバンから包み紙が入った袋を3つずつ子供達に差し出した。子供達は受け取るのが恐ろしいらしく、喉からつっかえていたものが取れたかのように大声で泣き出してしまっていた。

「もー。もっと可愛いワンちゃんにするとかにしなよっ! グロい!」

 彼女は子供達をまとめて抱きしめ、
「あのおじさんは、ワンちゃんになってもヒトを食べないから安心して」なんて言い始め、子供達を言いくるめていた。

「ほんとうに、ぼくたちのこと、たべない?」
「食べません。ごめんなさい。そしてお菓子をどうぞ受け取ってください」

 中腰で、頭をペコペコと下げ謝るリシュに子供達は動揺しながらも、お菓子を受け取ってその場を去っていった。

 気がつくとふたりの周りにガヤガヤとヒトビトが集まっていた。ギャラリーは新しいイベントが始まったのかと、近くにいる野次馬仲間と話をしたりしていたのだ。

「ば、場所変えよっか!」
「ええ」

 振り向いた直後、「おふたりさ~ん、ちょっとよろしい?」と、テノールの若々しく艶のある声が響いた。どうやらタイミング良く巡回していた南瓜の帽子を被った警備員の男性に遭遇してしまった。

 彼女が起こった出来事を説明すると、帽子が揺れて落ちそうになるほどに、男性は腹を抱えて笑った。
「えあーっと。リシュフェンさんね。あなたの立場を考えても、本来だったら警察行きのところだけど、今日は特別ね。子供達を大いに驚かせてじゃんじゃん、泣かせてね♪」
「そういうものなんですか?」
「そう言うものさ! じゃあね、おふたりさん」
 警備員は再び何事もなかったかのような素振りをし、辺りを見渡しながら人混みの中に消えて行った。

 呆気を取られたリシュだったが、内心はすごくホッとしているようにも見える。彼女は自身の背中に腕を交差させ、首を傾げつつ下から彼の顔を上目で見た。

「さぁ! お菓子、まだ余ってるから、行こ?」
「はい。……あ。もうちょっと可愛いのって、どんなのですかね。私の中であれぐらいが可愛いと思ってたので」
「リシュはちょっと、感覚がズレてるんだよー。おっきいベロちゃん※みたいなのがイイなぁ」
「ふむ。ベロは確かに可愛いですね。白くてモフモフですし」
(※こちらのお話には登場しないが、ふたりの大切な家族でもあり、ペットでもある犬型の生き物のことを指す)

 こうしてふたりは、子供達にお菓子を配りながら街を探索するついでに子供を探した。彼女の髪の色とリシュの髪の色に合わせたかの様に、街の装飾はふたりに溶け込む。好奇心旺盛な子供には彼の特技でもある変身によって大きく驚かせたが、時折「あんまりこわくない」、「よわそう」など文句を言われたりもした。

1 2